串本と大島  南紀ふたたび②


潮岬の灯台を離れて 太平洋を見ています

DSCN5164.jpg


この先には オーストラリアがあるはずです



DSCN5167.jpg


立派な建物が

潮岬観光タワー 朝早いので開いてませんね


DSCN5170.jpg


港の漁船を見ながら 半島を回っていると


DSCN5172.jpg


ナビに 島にかかる橋が出ている


DSCN5174.jpg


あの橋ですね


DSCN5178.jpg


道案内には 大島と

そうだここは串本なんだ

♪ ここは~ 串本  向かいは大島 仲を取り持つ 巡航船~♪

串本節が出てきますねぇ…

行ってみましょう


DSCN5180.jpg


大きな島ですねぇ…

だから大島やん


一人で ぶつぶつ言ってます



DSCN5185.jpg


大島の漁港 案外小さな舟ばかりで…


DSCN5188.jpg


本マグロ養殖体験待合所??


なんだそれ!?


DSCN5189.jpg


そうか これだったんですね


DSCN5190.jpg


湾内のあの大きなわっかの中は?

小さなマグロが泳いでいるとか

判りませんけどね 創造だけにしときましょう

それより向こう側は串本の町

ここは大島 向かいは串本 ♪  まだ言ってます


DSCN5192.jpg


それよりせっかくですから

観光しましょう


DSCN5202.jpg


トルコ軍艦遭難慰霊碑

明治22年オスマン帝国皇帝アブデュル・ハミット二世は、オスマン・パシャ特派大使海軍少将を特派使節として日本に派遣した。
巡洋艦「エルトゥールル号」(2,344トン)の乗員は、下士官及び水兵、その他合わせて650余名であった。
翌年横浜港を出発し、イスタンブールへの帰路に就いた。
明治23年9月16日、エルトゥールル号は熊野灘に差しかかった。
夜9時頃、船甲羅の岩礁に乗り上げ、同10時半頃には沈没してしまいました。
地元住民の献身的な救助活動にも、オスマン・パシャ特派大使海軍少将以下580余名が遭難、
69名が救助された。かくして、トルコと旧大嶋村樫野(串本町)との友情と友好関係が現在まで続くこととなるのです。




DSCN5205.jpg


この像は


DSCN5206.jpg


解説はこちらで


DSCN5207.jpg


そして 樫野崎灯台です


DSCN5211.jpg





DSCN5212.jpg





DSCN5213.jpg





DSCN5215.jpg


ようやく 入れる時間になっていました



DSCN5217.jpg



南洋の花も咲いてました

DSCN5219.jpg


それでは 向かいの串本にいきましょう


DSCN5221.jpg



この橋を渡ってぐるりと回ります

串本は明日の記事で







スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

和歌山・白浜・勝浦・熊野・・・と行って乍 串本1回も行ったことが無い・・・
何となく車窓から眺めて終  近大マグロもクエも食べたのに 串本行ってないわぁv-8

がにちゃん

今日書きましたが

串本って ほとんど 橋杭岩だけですよ

潮岬のついでに行ってるでしょう
プロフィール

壁ぎわさん

Author:壁ぎわさん
呑んで 食べて 旅の好きな 関西人です。

その他、芸能、音楽、時にはお座敷遊びまで
色んな事を精一杯楽しんでます。

気軽に声かけてくださいね

最新記事
検索フォーム
最新コメント
カテゴリ
最新トラックバック
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR